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東京地方裁判所 平成2年(行ウ)103号 判決

東京都足立区千住河原町六番三号

原告

有限会社ミノル金属

右代表者代表取締役

國分稔

右訴訟代理人弁護士

黒岩哲彦

青柳孝夫

田中隆

東京都足立区千住旭町四番二一号

被告

足立税務署長 茂木昇

右指定代理人

開山憲一

神谷宏行

鈴木貞夫

中嶋明伸

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求の趣旨

被告が原告に対して昭和六三年七月二五日付けでした原告の昭和五九年六月一日から昭和六〇年五月三一日までの事業年度以降の法人税の青色申告の承認の取消処分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件処分の経緯(この事実については、当事者間に争いがない。)

1  原告は、プレス加工・金型製造業を営む青色申告の承認を受けていた法人であり、東京都足立区千住緑町二丁目三四番四号に工場を有している。

2  被告は、原告に対し、昭和六三年七月二五日付けで、昭和五九年六月一日から昭和六〇年五月三一日までの事業年度(以下「昭和六〇年五月期」というように略する。)から昭和六二年五月期までについて法人税法一二七条一項一号にいう帳簿書類の備付け、記録又は保存が大蔵省令の定めに従って行われていない事実があるとの理由で、原告の昭和六〇年五月期以降の法人税の青色申告の承認を取り消すとの処分(以下「本件処分」という。)をした。

原告は、昭和六三年九月二四日に被告に対して本件処分について異議申立てをしたが、平成元年二月四日付けで右異議申立ては棄却され、さらに、平成元年三月四日に本件処分について国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、平成二年四月五日付けで右審査請求も棄却された。

二  本件の争点

本件の争点は、主として原告について法人税法一二七条一項一号が定める青色申告の承認の取消事由に該当する事実があったかどうかの点にあり、これらの点に関して、当事者双方は、次のとおり主張している。

1  被告の主張

(一) 帳簿書類の備付け、記録又は保存が大蔵省令で定めるところに従って行われていないことを青色申告の承認の取消事由とする法人税法一二七条一項一号の規定は、法人の帳簿書類について税務署長が同法一五三条の規定に基づく検査をなし得ることを前提として、その調査により帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認することができた場合にのみ、当該法人に対して青色申告の承認による特典を与えるとの趣旨の規定であるから、青色申告法人が右帳簿書類の調査にいわれなく応じないため、その備付け、記録及び保存が正しく行われているか否かを税務署長が確認することができないときも、右の青色申告の承認の取消事由があることとなると解すべきである。

(二) ところが、本件では、被告所属の吉村昇二国税調査官(以下「吉村調査官」という。)及び石松安文国税調査官(以下「石松調査官」という。)が、昭和六二年一〇月二〇日及び同月三〇日の両日、原告の法人税の調査のために原告の本店所在地である原告の代表取締役國分稔(以下「原告代表者」という。)の自宅及び原告の前記工場に出向き、原告代表者に対して、昭和六〇年五月期ないし昭和六二年五月期の帳簿書類を提示して調査に協力するように求めたが、原告代表者は、調査理由を明らかにすることを要求するのみで、帳簿書類を提示しようとしなかった。

したがって、原告代表者が右両調査官からの度重なる帳簿書類の提示要請にもかかわらず、これを提示しようとせず、そのため両調査官が原告の帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われているか否かを確認することができなかったのであるから、原告代表者の右の行為は法人税法一二七条一項一号の青色申告の承認の取消事由に該当するものというべきであって、被告がこのことを理由にした本件処分は、適法なものである。

2  原告の主張

(一) 原告は、その帳簿の備付け、記録及び保存を正しく行っており、原告に法人税法一二七条一項一号違反の事実は存しない。

(二) また、本件では、原告代表者は、両調査官から昭和六二年一〇月二〇日に訪問を受けた際には、他に急ぎの用事があったことから調査の延期を申し出たにすぎず、同月三〇日の訪問の際は、その場にあった納品書控えを提示して、調査の日を指定して来てもらえば帳簿はいつでも見せると意思表明しているのであって、帳簿書類の提示を拒否し、調査を拒否したという事実はない。

(三) そもそも、税務調査を行うためには、当該調査を必要とする具体的かつ客観的な理由が必要なものというべきであるが、本件調査は、その要件を欠く上、現実の調査に当たっても事前通知を行わず、具体的な調査理由をあえて説明しないなど、その方法においても社会的相当性を欠いている。すなわち、本件調査は、法人税法一五三条の規定による質問検査権の行使の適法要件を具備していないから、本件処分は違法なものというべきである。

また、被告は、かねてから足立民主商工会を敵視し、その組織破壊を意図してきており、そのような方針の一環として、同会の会長である原告代表者が経営する原告を税務調査の対象とし、強いて口実を設けて本件処分を行ったものである。したがって、本件処分は、民主商工会の結社権を違法に侵害するものであり、他事考慮に基づくものであるから、この点からしても違憲、違法なものというべきである。

第三争点に対する判断

一  法人税法一二七条一項一号の青色申告承認の取消事由について

1  法人税法一二七条一項一号は、法人について帳簿書類の備付け、記録又は保存が大蔵省令の定めるところに従って行われていない事実があることを青色申告の承認の取消事由と定めているが、右の規定の趣旨は、法人の帳簿書類について税務当局が税務調査を行うことができることを前提として、その調査により帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることが確認できた場合にのみ青色申告の承認による特典を与えるというものと考えられる。そうすると、帳簿書類の備付け、記録及び保存自体が行われていても、青色申告者が税務職員からの調査に正当な理由なく応じようとせず、帳簿の提示を拒否したため、税務当局においてその備付け、記録又は保存が正しく行われているか否かを確認することができないときも、右の規定にいう青色申告の承認の取消事由に該当する事実があるものと解するのが相当である。

2  ところで、甲一号証(審査裁決書)によれば、本件においては、審査請求の段階において原告から各事業年度の総勘定元帳、現金出納帳、請求書控え、領収書控え等の帳簿書類が証拠として提出されていることが明らかであり、このことと、証人國分テル子(以下「証人テル子」という。)の証言及び本人尋問における原告代表者の供述(第一回。以下、特に断らない限り同じ。)を総合すれば、原告のもとでは、総勘定元帳等の法定の帳簿書類を備え付けて必要な記録を行ってきており、右の各帳簿書類を原告代表者の自宅及び工場において保存していたことが認められる。

したがって、本件において原告について右の青色申告承認の取消事由があるか否かは、主として、原告が、税務職員から帳簿書類の提示要求があったにもかかわらず、正当な理由がないのにこれに応じなかったとの事実が認められるか否かにかかっていることとなる。

二  被告の職員による原告に対する税務調査の経緯について

1  乙一号証(吉村調査官に対する聴取書)、吉村昇二証人(以下「証人吉村」という。)、同石松安文(以下「証人石松」という。)及び証人テル子の各証言並びに原告代表者の供述によれば、被告による原告方の臨場検査の状況については、次のようなものであったことが認められる。

(一) 吉村調査官及び石松調査官は、昭和六二年一〇月二〇日午前一〇時ころ、事前の連絡なしに、原告代表者宅に臨場したところ、原告代表者の妻國分テル子(以下「テル子」という。)から、「今は、夫はいない。お昼に食事に帰って来ます。」と言われたので、午後にまた訪問すると伝言していったん税務署に戻った。

(二) 両調査官は、同日午後一時ころ、再び原告代表者宅に臨場し、その場にいた原告代表者に対して、身分証明書及び質問検査章を提示し、「長期間おじゃましていません。過去三年分の法人税の所得申告内容の確認のため調査に来ました。帳簿資料を提出してください。出さなかったら署独自の調査をしなくてはなりません。」などと告げ、昭和六〇年五月期から昭和六二年五月期までの帳簿書類の提示を求めた。ところが、原告代表者は、「今すぐ、提出できるような状況ではない。詳しい調査の理由を明らかにしてほしい。これから集金に行かなくてはならない。二〇日というのは締日で一番忙しい。工場は千住緑町二丁目三四番にある。午前中はだいたい工場にいるからいつでもおいで。」と言って自転車に乗り、その場から立ち去ってしまった。そこで、両調査官は、調査を打ち切り、その場を辞去した。

(三) 両調査官は、同月二六日に原告の工場に臨場したが、右工場には誰もいなかったので、原告代表者宅に赴いたところ、テル子から原告代表者は社員旅行で三日ほど不在であり、同月二八日に帰宅する旨を告げられたため、その場を辞去した。なお、原告代表者は、社員旅行からの帰宅後に、テル子から両調査官の訪問を受けた旨を知らされた。

(四) さらに、両調査官は、同月三〇日午前一〇時ころ、原告の工場に臨場したところ、原告代表者から右工場内の応接セットのところまで案内された。そこで、吉村調査官が同人に対して原告の帳簿書類を提示して本件調査に協力するよう再三求めたが、原告代表者は、「調査理由が何かほかにあるのか。うちの仕事を説明するのには何日もかかるんだ。足立民主商工会の会長だから調査に来たんだろう。はっきりした理由がないと駄目だ。二〇日も旅行中も来たし、三〇日にもまた来た。なぜ、そんなにたびたび来るのか。急がなくちゃならないことは何なんだ。」などと言って、右の要求を拒絶し、また、仕切書のような書類を数冊、両調査官の座っている応接セットからやや離れた場所まで持って来て立ったまま手にかざし、「うちにはこんなに取引があるのだから、簡単には説明できない。」などと述べ、さらに、石松調査官がその書類を借用して確認したいと申し出たのに対しても、その申出を拒絶して元の所に右の書類を戻し、結局帳簿書類の提示要求に応じようとしなかった。両調査官は、このようにして約三〇分にわたり調査への協力を再三求め、協力しない場合には署独自の調査をする旨を述べたが、原告代表者から調査への協力を拒絶されたので、調査を打ち切り、工場を辞去した。

2  右のとおり認められるところ、原告代表者及び証人國分勝人(以下「証人勝人」という。)は、右の一〇月三〇日の臨場調査の状況について、原告代表者は帳簿書類の提示を拒否する意思はなく、両調査官からの帳簿提示の求めに対しては、今すぐにその場に出せるような状況ではないことを説明し、納品書控えを三〇冊余り両手に持ってきて両調査官の座っている前のテーブルの上に置き、こんなに多くの取引があってすぐにその内容等を説明することができないから、改めて日時を決めてもらい、必要な資料等を揃えておいた上で調査に応じようとしたものであって、調査は拒否しておらず、両調査官は原告代表者が提示した右納品書控えを見ようともしなかったとして、前記の両調査官の証言内容とは異なる供述をしている。

しかし、右両名の各供述は、以下に述べる点からして採用し難いものといわざるを得ない。

(一) まず、右原告代表者の供述によれば、同人はかねてから足立民主商工会の会長として、被告に対して税務調査に際しては具体的な調査理由を開示すべきことを求める要請行動等を行ってきていることが認められる上、前記一〇月二〇日の調査の際にも両調査官に対して調査理由を明らかにするように求めているのであって、このような原告代表者の従前の行動等からすると、単に所得金額の確認のため等という調査理由しか示されていない前記両調査官の臨場調査に対して、調査理由を具体的に確認することなく、直ちに協力する姿勢を示したというのは疑問である。

(二) また、証人勝人の証言及び原告代表者の供述のとおりに原告代表者が納品書控えをテーブルの上に置いたとするなら、両調査官が右納品書が目の前にあるのに見ようともしなかったというのは、両調査官が再三にわたって原告の所得の確認に来ていることからして不自然なものといわざるを得ない。

(三) さらに、証人吉村は、右調査時に原告代表者は前記の納品書を応接セットの北方から持ち出して、また元の位置に戻したと証言し、また、証人石松は、原告代表者がどこから納品書の控えを持ち出したか見ていないが、当時機械室は応接セットの北方までは拡がっておらず、同人はその区域の壁よりにあった棚の所へ納品書控えを戻したと証言しているところ、原告代表者は、これに反し、同人が納品書控えを取り出し、かつ、戻したのは応接セットの西方奥のやや北寄りに位置する机であって、昭和六〇年七月に原告の工場にワイヤーカッターを一台設置したとき、二台目を設置することを前提に機械室にその分の余裕をとって原告の工場内の間仕切りをし、本件調査後である昭和六三年一〇月に二台目のワイヤーカッターを設置したときに間仕切りの位置はそのままで初めて電波妨害防止のためのシールド工事をしたのであるから、本件調査を受けた当時の機械室の範囲は現在と同じであると供述(第二回)しており、原告はこの供述を援用して、吉村証人及び石松証人の各証言の信用性を弾劾するもののごとくである。

しかし、そもそも、甲二号証から明らかなように原告の工場がさほど広くないことに照らすと、右一台目のワイヤーカッターを設置したときから三年余りも二台目のスペースを空けておいたとするのは不自然である上、右原告代表者の供述は昭和六〇年に一台目のワイヤーカッターを設置したときに既にシールド工事がされていたとする勝人証人の証言とも異なっており、さらに、乙一一号及び同一二号証からすれば、ワイヤーカッターを設置した場合には電波妨害を防止するためシールド工事をしないということは考え難く、現に乙一〇号証の一(原告の法人税確定申告書の明細書)によれば、一台目のワイヤーカッターを入れた時点で二台目のときの間仕切り工事費用七五万四、〇〇〇円を上回る一一〇万円の間仕切り工事費用が計上されていることからして、一台目のワイヤーカッターを設置した時点でシールド工事をしていたとうかがわれるから、右の原告代表者の供述は採用できず、このことは、かえって、当日における原告代表者の言動に関する証人吉村及び同石松の各証言の信用性を裏付けるものである。

(四) なお、原告の妻である証人テル子は、原告代表者が社員旅行から帰った一〇月二八日に、税務署から帳簿書類を提出するように言われたらいつでも出せるように準備をしておくように同人に指示されたと証言しており、原告は、この点を、原告代表者が調査に協力する意思を有していたことの根拠として援用している。

この点について、証人テル子は、原告のもとでの各帳簿書類の保存の状況については、昭和六一年五月期及び昭和六二年五月期の仕入帳、売上帳並びに請求書及び領収書の控えは原告の工場に保管する一方、それ以外の書類は原告代表者宅に各年別に箱に入れて保管しており必要な帳簿書類を整理するのに二日程度かかる旨、他方、原告代表者の右指示による具体的な準備行為については、同女自身は帳簿を保管してあった右の箱を見改めたにすぎず、帳簿のうち未整理の売上帳等を揃えたり、原告代表者宅の帳簿を工場に持って行ったりしてはいない旨証言しているのであるが、この同女の行動は、真実原告代表者から右のような指示を受けた場合における帳簿書類の提出のための準備行為としては甚だ不十分であって全体的に不自然な印象を否定できない。そして、原告代表者が、証人テル子とは異なり、テル子に対して帳簿を準備するように指示していない旨供述していることをも併せて考えれば、結局、原告代表者から帳簿書類を提出するための準備を指示されたとする前記テル子証人の証言は採用できないものというべきである。

三  本件処分の適否について

1  右二の1で認定した一連の事実経過に照らすと、遅くとも一〇月三〇日の調査の時点において、両調査官が、原告の帳簿書類の備付け状況を確認するため社会通念上必要とされる努力を行ったにもかかわらず、原告代表者は両調査官からの帳簿書類の提示要求を拒絶する意思を明確に表明しているといわざるを得ず、原告において、青色申告承認取消事由に該当する正当な理由がないのに帳簿書類の提示を拒否したとの事実が認められるものというべきである。

2  この点について、原告は、被告のした本件調査は、そもそもその客観的な必要性を欠くものであると主張する。しかし、前記吉村証人の証言及び乙二号証から同八号証の各一及び二までによれば、別表のとおり原告の昭和五六年五月期分から昭和六二年五月期分までの申告売上金額に比して申告所得金額が極めて低調であり、しかも原告については長期間税務調査が行われていなかったことから、本件調査が行われることとなったことが認められるから、右の主張は当を得ないものといわざるを得ない。

なお、甲一号証によれば、前記の認定のとおり原告が被告税務調査に応じなかったため、被告において右各申告につき推計の方法により更正及び過少申告加算税賦課決定をしたところ、この各処分は、原告の審査請求に基づき、国税不服審判所長により、ほとんどが取り消されたことが認められる。しかし、右のとおり申告に係る売上金額と申告所得金額に著しい不均衡がみられる以上、たとえそれが原告に欠損が生じたことによるものである(このことは、右各書証により認められる。)としても、被告において申告所得金額の正確性に疑念を抱くのは当然であって、後の裁決において、右申告所得金額がほとんど肯定されたからといって、右税務調査自体の必要性が何ら否定されるものではない。

3  また、原告は本件税務調査がその方法において事前連絡の欠如、調査理由の不開示等の違法があるから、このような調査を前提とした本件処分は違法なものであると主張している。しかし、調査の日時等の事前連絡、調査の理由の個別的、具体的な告知といったことは、税務調査を行うについての法律上の要件とされるものではなく、その実施は税務署の職員の裁量に委ねられている上、本件では前記認定のとおり長期間調査をしていないことから吉村調査官が所得の確認に来た旨を述べているので、この点については何ら違法とさる点はないと考えられ、右の原告の主張は採用できない。

4  さらに、原告は、本件処分は、民主商工会の組織破壊を目的として行われたものであり、他事考慮に基づくものであるから違憲かつ違法であるとも主張する。しかし、本件処分が原告の主張するような目的で行われたとの事実を認めるに足りる証拠はないばかりか、前記認定のとおり原告について青色申告の承認の取消事由に該当する事実があったことが認められる以上、原告主張のような理由で本件処分が違憲又は違法となるとも解されないから、原告の右の主張は採用できない。

三  結論

結局、原告についての青色申告の承認はこれを取り消すことができ、本件処分は適法なものと認められるから、その取消しを求める原告の本件請求は、これを棄却すべきこととなる。

(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 原啓一郎 裁判官 近田正晴)

別表 原告の申告状況

〈省略〉

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